ガスマスク五号室のDepression【第一話】

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仮にあなたが顔を守らなくてはならない時、
あなたの顔には何がついていますか?

恐らくは皆、別々の物を想像することでしょう。
それは間違いではありません。何よりそれが普通の感覚。
一週間前の私も、恐らく同じだったに違いありません。

しかし、今は違います。
この問いに対し、私の返答は普遍である。
天は二物を与えずとよく言うが、そんなものは真っ赤な嘘である。

天はこの『モノ』に、二十……
え? 少ない?
なら三十……
それでも少ないの?

面倒なので、五十弱の物を与えたとします。仮にです。

それが何かって?
その答えは自身でお確かめ下さい。
ただし、これをつける前に一つだけ注意点が……

皆様には、事前に準備いただきたいものがあります。それは『鉄のメンタル』です。お後がよろしいようで ――

プロローグ

街の空気は澄んでいた。
言葉だけでは分からない感覚と言えば良いだろうか。とにかくここは、いわゆる都会と一線を画していた。名目上、大都市に分類される一つに属するにも関わらず、である。目前に見えるのは、ただ広大な自然。遠方には森林の削れた山々が聳えている。市内中心部から離れていると言え、たった十キロばかりでこうなのだ。もともと都会などと言うには甚だ疑わしいが。

どちらにしろ、私はこの都会という名の田舎に、少し離れた中心街からやってきたわけだ。当然、理由がある。なんの事はない、会うべき人間がいるからだ。

◇◇◇

中部地方中枢都市、名古屋。未だ知名度の低い都市、名古屋。名古屋市は愛知県西部に位置する中京圏の中枢都市だ。中部地区最大にして最も人口の集中する街である。東京-大阪間の真ん中に鎮座し、ことある毎偉そうにアピールをするが、県外の人間に意外と知られない微妙な都市。それが名古屋である。

横浜市・大阪市に次ぐ全国第三位の人口を有し、かの徳川家康がかつて治めた尾張の地。世界有数の自動車メーカーを県下に従え、当然の如く自家用乗用車数は全国トップ。鉄道網より道路網、マイカー上等を地で行く街だ。それらをいつまでも大層ありがたく誇らしげに掲げるこの街で私は育った。初めに断っておくが、私はこの街が嫌いではない。大概の物は手に入るし、何不自由なく暮らすことも出来る。しかしそれはこの地に生まれた者の特権であると断言しておく。

一般的に名古屋人は排他的だと言われるが、どうやらそれは事実らしい。地元意識が異様に高く、愛してやまない。それでいて県外の人間を下に見る。そんなことはないと怒られる気もするが、少なくとも私の周りはそんな人達で溢れている。

二年前、地元大学に進学してからは、県外の人間と知り合う機会も増えた。そこで往々にして言われること。

「出た、名古屋人の言い訳」
「自己主張半端ない、根拠もないのに」
「車間距離近くない?」
「セッコ……」
「ケッタってなに」

地元の当たり前が、県外の人には異常らしい。そして今日も、私は喫茶店でモーニングを食べながら慌ただしく携帯電話の画面に目を通すのだった。

「なになに、”この度は依頼いただきありがとうございます。つきましては、以下の住所へ御足労いただきたく存じます”。ホームページに書かれてた場所とは別に来いと」

大学の講義を休み、サイトの住所まで訪ねてきたにも関わらず、私は肩透かしを食っていた。メール本文に添付されていた住所をコピーし、地図アプリに貼り付ける。そうして初めてその場所が表示されるのである。

「市内か。東京とか言われなくて助かったけど……、面倒な話だ」

私は再度、メール本文を流し見た。すると揺らいでいた意志を知ってか知らずか、最後に注意書きがあることに気付かされる。

『当日キャンセルの場合はキャンセル料が発生いたします。指定時刻の十分前までに指定住所へお出で頂くよう、宜しくお願いいたします』

流石は名古屋人。やることが強かだと、うんざりする。私はまだ熱い珈琲を無理矢理飲み干し、仕方なく立ち上がった。

「それにしても、これ何処だ。聞いたことない場所だけど」

私は地図アプリを参考に、目的地への交通手段を検索した。どうやら存在すら知らない交通機関を駆使することで行き着く場所にあるようだ。

「地下鉄乗り換えでガイドウェイバス。……全然知らなかった」

私は導かれるまま地下鉄に飛び乗り、電車に揺られた。日中の地下鉄は空いており、人も疎らで乗り心地は悪くない。通学の時間帯はラッシュも重なり人もごった返すが、どうやらその心配もない。砂田橋駅で降りた私は、停留所でバスが来るのを待った。

「バス専用の高架道路ね、愛知らしいと言うかなんと言うか。渋滞ないのは良いが、これでペイ出来るのかね」

無用な疑問を呟きながら、私は手元の時刻表と停留所の時刻表を照らし合わせる。どうやら一致しており、示し合わせたようバスは到着した。

『砂田橋、砂田橋です』

乗降案内のアナウンスが停留所に流れる。俗に言う『前乗りうしろ降り』に慣れた私は、恐る恐る後部からバスに乗り込み、空いていた一番前の座席に腰掛けた。見たこともない自動運転のハンドルを横目に、高架上から街を見下ろす。まる二十年住んでいるが、どうにも初めての景色に胸が高鳴る。しかし十分もせぬうちに高架の景色は終わり、一般道に下りたかと思えば目的の駅が前方に見えてくる。こんなに近かったかと思う反面、私は気づいてしまった。

駅を降りてすぐにも関わらず、異様に漂う田舎臭。左右に見えるのは川と森だけ。私は地図アプリに導かれるまま目的の場所へ歩き始める。しかし示す先にあるのは、森、森、また森。道路は舗装されていが、次第に細くなり、気付けば歩道すら無くなった。

「完全に森の中じゃないか。本当にこんなところで待ち合わせなのか?」

初めからタクシーを使うべきだったと後悔するももう遅い。ボヤきつつ歩を進めると、森の中腹に開けた場所が現れる。

「池の周りに駐車場? 沢山車が停まっている。公園かなにかか」

初夏の日差しに照らされ、年初めての汗を流しながら顔を上げれば、どうやら目的地が見えてくる。そこには考えられない文言が綴られていた。

「……緑化公園病院。……病院? 何かの間違いか」

再びメールの文面に目を通す。建物の名は書かれていないが、住所はこの場所を指し示している。

「一杯食わされたな。おかしいと思ったんだ。何せ俺が依頼したのは”探偵”の仕事なんだから……」

そびえ立つ『緑化公園病院』を眺め、呆然とする。病院へ来いと呼び付ける”探偵”などいるはずがない。そもそも病院は病を治す施設であり、健康な人間に要はない。

「学生だから馬鹿にされたな。何度かそんなことはあったが……。キャンセル料は嫌だから、確認はするけどさ」

メールに書かれた電話番号を確認し、画面の発信ボタンを押す。本当にイタズラであれば帰るだけ、そんな諦めに近い感情で、私は呼び出し音が聞いていた。

「……繋がらない。やっぱり冗談だったのかな」

二十秒、三十秒と経過していく時間が疎ましい。一分近く鳴らしたところで切ろうと指を動かすと、既のところで音が止まった。

「もしもし。そちら剣崎けんざき探偵事務所でしょうか?」

そう聞くも、受話器向こうから返事はない。しかし繋がっていることは分かる。何故ならば、受話器の先から怪しげな音が聞こえるからだ。

「もしもーし、聞こえていますか。剣崎探偵事務所の番号はこちらで合っていますか。もしもーし!」

病院の駐車場の片隅で、一人大声を張り上げる。しかし受話器向こうから聞こえてくるのは、何処かで聞き覚えのある異音だけだった。

「今日そちらへ訪ねることになっていた妙香みょうこうと申します! 聞こえていますか!?」

『……八階の五号室へお越しください』

急に発された声は、酷くくぐもっており、聞き取るのがやっとだった。受話器向こうの人物は、それだけを言い終えると電話を切ってしまった。感じたことのない怪しさをまとった様子に、私は病院を改めて見直してしまう。すると途端に不気味に見えてくるから面白い。

「八階の五号室……。ここで合ってるってことか。それにしても、なんで病院かは答えないのかよ」

もう一度電話するのが恐くなり、私はなるようになれと電話をしまう。どうやらまだ新しい病院は、近代的で施設も整っているように見えた。こんな場所で詐欺には会うまいと自身に言い聞かせ、私は病院へ進んで行くのだった――

第二話へ続く

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