ガスマスク五号室のDepression【第四話】

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ガスマスク
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いつしか話に夢中になった建都は、ウズウズと私に話を急く。私は現金な奴だと呆れながら、再び彼らに向き直る。

「祖父は幼い私に言いました。”これは私の父が、大切な友人から受け取った物だ。そして同時に、他人に渡してはならない大事な物だ”と。当時の私にその意味はわからなかった。だからなぜ祖父がワインの存在を自慢しないのか、わかるはずもなかった」

「……で? 結局ワインはあるのかよ!? 俺にもわかるように説明しろよ!」

収まりのない建都を紫都が治めたのを見届け、私はとっておきに残しておいた一枚を胸ポケットから出し手渡した。

「祖父はもう一つ言いました。”三本には父の決めたルールがある”と。一本は息子である祖父のため。一本は尊敬するヴィレジ氏のため。そして最後の一本は一族のためと。そう言って、私にそれを渡したんです」

写真には三本のワインが写っていた。一本は既に蓋が開けられ、中身が無くなっており、ラベルも剥がされていた。しかしもう二本は、あまりに見事に原形を留めていた。

「成人した暁には、一緒にコイツの蓋を開けよう。息子も章君も、残念ながら酒が飲めんからな。祖父はそう言いました。……しかしそれから少しして、祖父は亡くなりました。今から八年前のことです」

ワインの存在が明らかになり、建都は口をパクパク動かしていた。わかりやすい奴だと呆れる私を横目に、紫都が咳払いをした。そうしてベッドで半身被っていた毛布を隅に畳み、改めて縁に座った。

「当時、ワインは存在していた。確かにそうかもしれません、しかし今でもそうなのでしょうか? それから八年間、妙香様がワインを探さなかった訳ではありませんね」

望んだ質問をタイミング良く返す紫都との会話は、とても心地好いものだった。表情まで読めればどれほど良いだろうと思えてならなかった。

「仰るとおり。中学生になった私は家族に黙って家中を探しました。しかしどこを探してもワインは見つからなかった。必ずあるはずと、高校に入る頃まで家族の目を盗み探し続けましたが、それでも見つからない。そこで私は一度諦めてしまった。祖父は亡くなる間際まで自由が効いた。きっと自分で処分してしまったのだろうとね」

「しかしそうではなかったと。お話ください」

「話は終わり、そう思っていた頃、今から一年程前です。ひょんなことから祖父の遺書が見つかったんです。そこには遺産の相続等、様々なことが書かれていました。しかし亡くなったのはもう八年も前のこと、既に財産の分与も終えてしまっていました。そこに書かれていた分配は成立しなかったのが現状です。ただ遺書の最後に、妙なことが書かれていたんです。”残りの二本は、見つけた者に相続させる”と……」

「おいおい、面白くなってきたな!」

立ち上がった建都が一人盛り上がっている。片や自身も争奪戦に参加しているが如くヒートアップしていた。

「それを見てピンときました。……しかしどうやらそれは私だけではなかった。騒動のせいで、私の家族にもワインの存在が知れてしまった。それだけが迂闊でした。当時に戻って私を叱りつけたいくらいです」

閉ざされた空間に不思議と活気が満ちていた。どうやら目前ではしゃぐ男は、この手の話が好きなのだろう。

「で俺達に探してくれと来た訳か!」

「……端的に言うとそうです。我が家では既に争奪戦が始まっています。祖母を除いた全員が、目の色を変えワインを探している。しかし、あいつらの頭にあるのは、ワインの”価値”だけだ。売り払い、新しいビジネスを始めるだの、新規開拓を狙うだの、勝手な青写真を描いてる」

少しだけ熱くなった私は、すぐに襟を正した。そうしてこんなことを言いに来たのではないと言い聞かせた。

「だが……、お前にはガッカリだ。言ってみれば、お前もワインの価値に躍らされた人間と同じじゃないのか。お前はそれを探しだしてどうするつもりなんだ。どうせ売っぱらうつもりなんだろ」

建都は焚きつけるように言った。やはり世間はそう見るのだなと、改めて認識させられる。しかし目の前でマスクをする女性は違っていた。

「あなたはもう黙っていなさい。妙香様、貴方様の言いたいことはわかりました。そしてその考えも……。”守りたいから手を貸してほしい”、それが今回の依頼。宜しいですね?」

「話が早くて助かります。こちらの人狼と大違いだ。あなたならもうご存知だろうが、今、私の家は大いに揉めている。なにもワインだけが理由ではないんですよ」

「やはりお噂は本当だったのですね。しかしそれも仕方のないこと。時代には流れというものがあります。抗うことは出来ません」

本当にわかっているのだなと関心していると、紫都は「お茶を買ってきてくださる?」と建都に促す。建都は言葉にするのも憚るような顔で拒否をするが、声色一つ変えず言い直す紫都に圧され、渋々部屋を出て行った。

「申し訳ありません。あれはあれで良いところもあるのですよ。それに、話しにくいこともあるでしょう。人は少ないに越したことはありません」

ありがとうと礼を言った私に軽く頷くと、これまでの詳細な情報を教えてくださいと言った。私は知る限りの情報を彼女に伝えた。つい先ごろまで帰ろうとしていたのが嘘のように、いつしか怪しい面をした女性を信じている自分がいた。

「承知いたしました。今回のお話、お受けいたします。料金等は別途、建都からお聞きくださいませ」

ベッドの縁で会釈をした紫都に、私は「それでは参りましょうか」と手を差し伸べた。しかし紫都は躊躇し、小さく首を振った。

「先程も言ったとおり、あまり時間がないんですよ。少しでも早く手伝っていただきたい」

それでも紫都は首を振った。なにが問題なのかと困惑していると、扉が静かに開いた。

「本当に自分のことしか考えていない野郎だ。やはり、ただの外道か」

両手に茶を持った建都が立っていた。建都はすぐに扉を閉め、右手に持った茶を投げ捨てるよう私に渡した。

「言ったよな。紫都さんがここにいる理由を考えなかったかと」

「仕事を受けるということは、ここから出るとイコールだ。間違っているか?」

建都は私を鼻で笑った。そして私の前に立ち塞がると、眼前に人さし指を立て、三度顎を叩いた。

「紫都さんはな――」

そこまで言いかけたところで、紫都が自ら建都を止める。はっきりと自分の足で立ち、私と建都の間に立ち塞がった。

「建都、もう一本、お茶を買ってきてくださる。今すぐに」

建都は口答えしかけるも、空気を読み、また部屋を出た。明らかに一息ついた紫都は、ごめんなさいと謝りベッドに腰を下ろす。

「紫都さん、とお呼びすれば良いですか。
宜しければ……、すぐに行けない理由をお聞きできますか」

こうなってしまえば仕方がない。私は椅子に腰掛け、同じ目線(であろう高さ)で紫都を見る。

「私の方だけ黙っている訳にもいかないですね……。変だと思ったでしょう? 初対面の人間が、こんな可笑しな格好をしていること」

私は苦笑いで返事をした。おかしいと思わない人間がいるだろうか、そう問いたい気持ちを圧し殺した。

ポルフィリン症を……、お聞きしたことがございますか?」

私は黙って首を横に振った。

「ポルフィリン合成回路酵素が機能しない病気……と言ってもわかりにくいですね。
簡単に言ってしまうと、日の光にあたることが困難な病気です。私は先天的に、この病気を患っています」

「どこかで見聞きしたことがあります。頭巾を被っている人をニュースで」

「種類は幾つもあるのですが、同じような症状だと思っていただければ構いません。私は少しだけ症状が重いもので、常に紫外線を避けた生活をしております」

私は妙に納得してしまった。そしてなぜ建都があそこまで怒ったのか理解出来た。そして同時に酷く後悔した。数分前、私は考えもなく窓を開けた。『殺人未遂』と言われる覚えはない、そう決めつけた自分が酷く愚かに思えた。

「失礼だとは思いますが……。腕のアザ、それも病気のせいですか」

すると紫都は恥ずかしそうに面を背け、一つ頷いた。

「前に受けた依頼で、少々無茶をしてしまいまして。お恥ずかしい」

「……なるほど。それならそれで、早く言っていただければ良いものを。ただどうしてもわからないことが。聞いても宜しいですか?」

「……なんでしょうか」

私は迷っていた。そのあまりに当然な疑問を解消して良いものかと。しかし聞かなければ前に進めない。それも間違いのない事実だった。

「では聞きますね。そ、その……、なんと言うか」

「何でしょう」

「えぇと、言いにくいのですが……」

「ですから、何でしょうか」

「なんでガスマスクつけてるんですか?」

その時、私は恥ずかしくて仕方がなかった。そんな当たり前なことを今聞くのかと思われてもおかしくない。「最初に聞けよバーカ」と言われても、言い返す言葉すら見つからなかったからだ。

「そ、それは……」

すると予想に反し、紫都は俯き黙った。多少は明るい反応があるかと思いきや、逆に空気が止まってしまった。もしかすると大きな意味があったのかもしれない。そんな嫌な予感が脳裏をよぎった。

「それは、ですね……」

ベッドで含みを持たせた紫都は、マスクをしているにも関わらず、妙に女らしく、変な妖艶さを帯びながら言った。

 

「 ………… 趣味です 」

 

私は絶句した。あれだけ溜めたのだ、大層な理由があると思うのが普通ではないか。それが「趣味」の二文字で裏切られたのだ。苦笑いが顔から溢れていただろうことは想像がついた。

「しゅ、み、ですか。はぁ……」

「頭巾で隠すのが嫌いなんです。黒子みたいで……。それに私、喘息も患っておりますので、フィルターが吸入器も兼ねておりますの。ですからこのマスクはとても便利なんです。ほら、ここも見てください」

突然饒舌さを増した紫都が私の手を取りマスクに付いたボタンに触れた。すると唐突に音が鳴り、目の部分から発された光線が壁になにかを映し出した。

「プロジェクター機能を付けてみたんです。ずっと暗がりにいるから便利かなって! 見てください、他にもこんな機能が!」

子供のようにはしゃぐその女は、本当に先程まで話していた人物なのかとわからなくなる。

「す、すいません。もうわかりました。夜、夜になったら出ましょう、それで良いんですね!?」

慌てる私を見て、紫都も我に返ったのか恥ずかしそうにしていた。変わった人だと思ったが、不思議と嫌悪感はなかった。私は変わり者なのだろうか。

「……お茶。誰が飲むのか知らんが、ここに置いておくぞ」

いつの間にやら戻っていた建都が声を掛けた。悪いことなどなにもしていないが、辿々しい私と紫都の様子を見た建都は、また大きく舌打ちをした。

-第五話へ続く-

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