ガスマスク五号室のDepression【第六話】

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マスクイメージ

第五話はこちら


「誰ですか。……静留か」

そこには妹の静留が立っていた。

「何の用だ?」

私が訊くのも無視し部屋に上がり込んだ静留は、傍らに座る紫都を指さす。

「アレ、アレを見に来たのよ」

項垂れる私をよそに、静留はずけずけと紫都の前に仁王立ちする。触るでもなく執念深く眺めたと思えば、コンコンとマスクの端など叩てみせる。

「やめろ静留! 失礼だろ!」

「良いでしょ、減るもんじゃなしに。あんたも構わないでしょ? 見たところコスプレ慣れしてる感じだし。今度のサミットも出るんでしょ?」

反応のない紫都をいいことに、静留は片手に持ったスケッチブックにデッサンを始めた。「いい加減にしろ」と注意した私と建都を気にもせず、静留は鉛筆を立て片目で睨んでいた。

「面白い、さすが変人の兄様だわ! こんな題材、どこで見つけてきたの!?」

紫都のことを題材呼ばわりしピョンピョンと跳ね回る。それは私が良さないかと頭をはたくまで続いた。

「おい高之、このお嬢さんは一体誰だ。説明いただけますか、に・い・さ・ま!」

紫都を侮辱され憤慨する建都が私に迫った。怒るのも仕方なく、私は部屋の隅に静留を移動させ、建都と紫都に耳打ちをした。

「妹の静留です。大学の芸術学部に通っていて、留学費用捻出の為にワインを狙っています。ウチの者たちは静留の芸術に一切理解がないので、留学費用が出せず困っていたところ、今回の話が出たせいで……。以前から変わった奴ですが、騒動も合わせてほとほと手を焼いていて。迷惑を掛けると思うので、予め謝っておきます」

話し終えるか終えないかで、痺れを切らした静留が紫都に顔を寄せた。全身黒ずくめ、かつマスクを被った女性が余程気に入ったのか、静留は食い入るように見つめ続けた。

「……それにしても、格好良いマスクしてるよねぇ。ボタンとかマジディティール高いし。ベースは軍製かしら。アメリカ? それとも旧ソ連?」

私と建都がマズいと思ったのも束の間、突如顔の向きを変えた紫都は、今度は逆に静留を押し返し眼前に迫った。

「分かる~!? GP-4ベースの改造品なのー! この辺の作りとかマジヤバくない!?」

たった二秒で意気投合した二人を見て、私と建都は頭を抱えた。紫都はマスクの話となると、ただの若者に変身してしまうらしく、その後小一時間、二人の珍奇な軍用トークが続いたことは言うまでもない。

「明日一限から学校だし、そろそろ寝るわ。また明日ねー。お休みー!」

やっと部屋を出て行く静留に、名残惜しく手を振る紫都を見届け、ずっと黙っていた建都が口をすぼめた。

「その性格、どうにかしてくれよ。毎回それじゃ困るんだよ!」

我に返った紫都がマスクを掻きながら凹んでいた。理由はわからないが、その時私はこれまで感じたことのない大きな不安に襲われていた。

「……あのそろそろ宜しいでしょうか?」

恐らくはずっと部屋の外で待っていたのであろう。香が扉の隙間から声を掛けた。忘れていた私が、ごめんごめんと謝れば、珍しく少しだけ迷惑そうな顔をしていた。

「お部屋がご用意できました。玄関から向かって東側廊下沿いには高之様のお部屋がございます。御二方のお部屋は、そのお隣に準備させていただきました。
二階には章人様と、奥様の花菜かな様、それに静留様がいらっしゃいます。また一階西側廊下沿いに、当家の主である玄晃げんこう様と奥様のあや様のお部屋が。またその北側には高之様の祖母であられます絹様のお部屋がございます。御用がなければそちらにはお近付きせぬよう、宜しくお願いいたします。……あ、お二人を同じお部屋にしてしまいましたが、宜しかったでしょうか?」

やってしまったとばかりに気まずい顔をする香に、「構いませんよ」と建都が返事した。やはりそういう関係かと、私も香も同じことを思ったに違いない。

「ではご案内いたします。どうぞこちらへ」

香に連れられ玄関ホールを抜け廊下を歩く。廊下から見える庭園が甚く気に入ったのか、建都はしばしの間、手入れされた庭に見入っていた。案内を終えた香は軽く会釈をすると、すぐ北側にある自分の部屋に戻っていった。

「一度部屋に入りましょう。部屋の照明も変えてくれているはずです。少しだけゆっくりしてください」

まるで高級旅館じゃないかとはしゃぐ建都を部屋に押し込み、私も部屋へ入った。一先ずここで身の振り方を考えなければならない。

「訪ねて早々面倒を掛けてしまった。ご覧のとおり、家族は少々厄介な者が多くて。現在、家には兄である章人夫婦、姉の梢夫婦、妹の静留、父、母、祖母がいます。他にも昼間の間だけ捜索協力として出入りしてる者がいるようですが……、気を使っていただく必要はありません」

「全員敵、ってか。虚しい家族だな」

「……何とでも言うがいいさ。一先ず簡単な家の見取り図を書いておきました。誰がどの部屋にいるか、合わせて目を通しておいてください」

私は用意した簡易の間取りをテーブルの上に開いた。

1F見取図

2F見取図

離れ、その他

「一、二、三……て、どれだけ部屋があるんだよ!」

「全てを合わせると三十弱の部屋がある。ただ使っているのは半分程度で、ほかは空き部屋か物置として使っている。これから二階と離れ、蔵も見てもらうが、まずは大まかな中身を覚えてほしい。庭は捜索範囲に入れてないが、必要なら用意しよう」

「この部屋、小さい部類だよな……。俺の部屋の倍くらいあるのによ。真面目に生きてるのが嫌になるぜ」

「煩い奴だな。お前はいなくて構わないんだ、今から帰っても構わないが」

「申し訳ありません、高之様。建都も悪気がある訳ではございません。私のせいで不自由な生活を強いております故、どうか穏便に……」

紫都が静かに頭を下げる。あなたが謝る必要はないと建都を睨めば、渋々口を噤むのだった。

「高之様、幾つか質問をしても宜しいでしょうか?」

「構いませんよ」

「捜索対象は、お屋敷、離れ、そして蔵の三点で宜しいでしょうか?」

私は暫く考え、「恐らく」と答えた。祖父の行動範囲を考えれば、三箇所である可能性が高いと思われるからだ。

「そうですか。でしたら高之様、これから幾つかお部屋を見学させていただけないでしょうか。わがままは申しません、そうですね……、ワインセラー、徳輔様のお部屋、最後にキッチンの計三箇所。こちらを確認させてください」

「え、キッチンですか? ……構いませんが。ただキッチン以外のの二ヶ所は私もかなり探したんですが」

最も可能性の高い場所は二ヶ所である。何より祖父の部屋は家で最も奥に位置しており、かつ一番広い。物も多く隠し場所としては最適だ。また、ワインセラーには曽祖父と祖父が集めた年代物の品々が眠っており、一億といかないまでも、合わせればそれなりの価値があるに違いない。

しかしキッチンは意外だった。私の記憶にある限り、祖父がキッチンに立った記憶は一度もない。知らない紫都だからこその視点なのだろうか。

「深夜の一時ですか。そろそろウチの者も眠りにつく頃でしょう。香は起きているでしょうから、これから行ってみますか」

部屋の外は夜の静けさに溢れ、廊下から見える庭園の池には月が映っていた。

 

-第七話へ続く-

 

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