ガスマスク五号室のDepression【第九話】

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妙香家勢揃い

「ハッ!!」

私は悪夢にうなされ目を覚ました。頭は見てはいけない事実を整理するため睡眠中もフルで働いていたのだろう。酸素も糖分も欠乏し、酷く怠かった。外では鳥の囀りが聞こえている。私は頭を押さえながら隣に備え付けられた浴室でシャワーを浴び、着替えを済ませた。紫都と建都の部屋は急拵えではあるものの光が入らぬよう処置してある。恐らく隣の部屋では今頃まだ眠っていることだろう。

「それにしても、爺さんにあんな趣味があったとは……」

いつしか『爺ちゃん』から『爺さん』に格下げされた徳輔を思い浮かべるも、良い思い出は塗り替えられ、おかしなプレイを楽しむ肉親の顔が思い浮かび身震いする。

「あれはきっと何かの間違いだ。誰かに預かってくれと頼まれていたに違いない」

私は自分の顔をパンパンと叩き、いよいよ部屋の扉を開ける。すると思いがけず、庭で池を眺める者がいるのに気付く。

「随分と早いな、もう起きてたか」

池の鯉に餌をやっている建都が立っていた。こちらを振り返った建都からは、少しだけ笑顔が漏れていた。

「お前も早いな。……まぁ、何だ。あまり気を落とすな」

言い返すのも馬鹿らしくなるとはこのことで、肩を叩く建都の横顔にすら腹が立った。

「紫都さんは気付いていない。まぁ気にはしてたみたいだが、知る必要もないからな。にしてもダッチとは……くく」

私は天国の徳輔に詫びつつ建都の手を払い、隣の部屋を顎で示す。すると「もう起きてるよ」と、こちらの意向を汲んだ建都が返事をした。

「あんなことになってしまったが、今日こそ見つけるからな。それなりの心構えでいてくれ」

はいはいと適当に返事をした建都は、紫都を呼びに戻っていった。

「でも待てよ……、こんな陽気で部屋から出られるのか?」

太陽が燦々と照る廊下を歩き、二人の部屋の扉にノックをした。しかし返事はない。

「建都、いるんだろ。開けるぞ」

光が入らぬよう少しだけ扉を開け部屋に入る。中は暗いままで、外の光に慣れていた私は闇の中に放置されたも同然だった。

「電気を点けていいか?」

スイッチの位置を示す赤色灯を頼りに手探りで進み、ようやく手を掛ける。すると部屋の奥で「ちょっと待て」と声が響く。しかし声はコンマ数秒遅く、私は既にスイッチを押してしまっていた。

「待てって言っただろうが!」

慌てる建都が目に飛び込むと同時、奥にも慌てる誰かがいるのに気付いた。誰と言ってみても、可能性など一人しかないのではあるが。

「良いから見るな。あっち向いてろ」

慌てシッシと手を煽ぐ建都をよそに、私の視線は奥一点に向けられていた。見慣れない女の姿。私の視線は釘付けだった。

「あ、ご、ごめん」

我に返り、私はその場で回れ右をした。建都に叱られたからではない、それ以上見ていられなかったからだ。

そこにはマスクを外した紫都の姿があった。予想もしない顔。恥ずかしそうにこちらを向いた女の顔は、私の眼の奥に焼き付いていた。

(か、可愛い! そんな馬鹿な!?)

予想もしない美しい顔に加え、辛そうな表情も私の胸を深く抉った。数日前にフラれた女のことなど一瞬で消えてなくなるほど、私の心は憂いを帯びていた。

金属音が一頻りなった後、お待たせしましたと背後から声が聞こえた。恐る恐る振り返れば、例の無機質なマスクが宙に浮いていた。

「さっき紫都さんの顔を見たな」

何故か詰め寄る建都に圧され、扉に背をつけた私は「見ていない」と嘘を付いた。目が合った紫都は気付いているだろうが、どうにか誤魔化した私は平静を保つふりをしゴホンと咳払いを一つ。

「改めて。今日も続きをしていただく訳だが、恐らく問題があります。建都は分かっていると思うが、本日は晴れも晴れ、雲一つない晴天です。紫都さん、……どうしますか? 夜になるまで待ちますか」

冗談に見える彼らの行動も、決して嘘でないことに気付かされる。殺人未遂と詰られた過去はどうやら本当で、少しの日光でも身体への負担は大きいようだった。日中外出用の装備も用意はあるが、それでも長時間は絶対不可と医師に念を押されている姿を、私は病院で見ていた。

「外は数分が限界だ。窓に紫外線の防止シートでも張ってあれば話は別だが、それでも百パーセントじゃない。この病気は症状が出にくい。本人が大丈夫だと思っていても、突然倒れて亡くなる人もいる。一般人が傍から見ている以上に大変なんだ」

昨晩、部屋に戻ってから病気のことを調べた私は、わかっていると頷いた。

「紫都さんはほかにも病気を患っているからな。見ていないとすぐに無茶をするんだ」

しかしそう言う建都を手で払った紫都はゆっくりと私の元へ歩み寄る。素顔を見てしまったからなのか、私の顔は自然と赤面していた。

「大丈夫です。直射日光や紫外線を浴びなければ良いだけです。こうして準備もしていますし、それに建都はいつも大袈裟なのです」

建都が大きく首を振っている。どうやら無理の利く身体でないことは確からしい。

「出来る限り、こちらで動きます。まだ六時ですから……、お昼まで待っていて下さい。香と一緒に色々と準備をしてみます。必要なものがあれば言って下さい、何でも準備しますから!」

無意識の内に、私は紫都の手を握っていた。「はぁ」と生返事をする紫都に気付き、私は慌てて手を放すが、隣の建都の視線は鋭かった。

「ひ、ひとまず近所の喫茶店からモーニングでも運んでもらいましょう。家の人間も仕事の準備を始める頃ですし、ゆっくりしていて下さい。お昼は有名なひつまぶしを用意しますから!」

私は逃げるように部屋を出ると、朝から忙しそうに飛び回る香を見つけ、様々な準備をお願いした。そうして仕事へ出て行く父と兄を尻目に、微力ながら自分も手伝うと準備を進めた。

強引に呼び寄せた業者の力も借り、全ての部屋の下準備が終わった頃、時計の針はちょうど正午を回っていた。

 
-第十話へ続く-

 

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