ガスマスク五号室のDepression【第十話】

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◇◇◇

 

「入りますよ」

返事の無い部屋の扉を開けた私は、既に準備万端待ちわびた二人と対峙する。紫外線対策が完了し、家中の捜索が可能になった今、早く目処をつけ目的の物を探してしまいたい。しかしそんな私の目論見は脆くも崩されることとなる。

「申し訳ございません。私のせいで多大なご迷惑をお掛けして……」

「いえ、依頼した私の義務ですから」

そう答えるものの、本来ならば、これほど紫都に肩入れする意味はない。探偵など世の中に腐るほどいる。ましてや優秀な探偵など掃いて捨てるほどいるだろう。しかし私は、別の者へ依頼する気が起きなかった。

「では再開いたしましょう。高之様の御家族のこともございます故」

依頼料どころではない膨大な手間と費用をかけ、私は家中の紫外線を断った。そうまでしてなお、この人でなければならない理由が、その時の私にはあったのだろうか。

「そうしたいところなのですが……」

どちらにしても、私には迷いがなかった。この不可思議なマスクを付けた変わり者ならば、必ず見つけ出してくれる。そんな確信にも近い何かがあった。

「なにか問題でも?」

建都の言葉に振り向いた私は絶妙な顔をしていたことだろう。この数時間で、事態は少々と面倒なことになっていたからだ。

「少し事情が変わりましてね……。本来であれば仕事をしているはずの兄妹や父達が、”ワインが見つかるまでは休業する”などと言い出しまして。私が本腰を入れ始めたことが気に食わないようで。面倒な状況になってしまいました。まぁ、見ていただいた方が早いと思います。どうぞこちらへ」

私は二人を連れ部屋を出た。玄関ホールを抜けリビングに足を踏み入れれば、そこには既に多くの人間が座っており、一斉にこちらへ向き直った。

「おやまぁ、随分と遅いこと。とにかくこれで全員集まったわね。高之、あんた達はそこに座りなさい」

姉の梢が仕切るように私達三人を空いた席に座らせ、その場に立ち上がった。

「どうも皆さん。お忙しい中集まっていただき恐縮ですね。今日は皆さんとお話をしておきたく、集まっていただきました。これは我が妙香家にとって、本当に重要なこと。ですから皆さん、よーく聞き考えていただきたく存じますわ」

さっさと嫁いでおきながら”我が”などという嫌味たっぷりな開会宣言を受け、私はわざとらしく溜息をつく。その度睨みつける梢のことなど知ったことではない。私は愚かな演説を聞きに来たのではないのだから。

「先日、今は亡き祖父、徳輔の遺言書が見つかりました。ここにお集まりの皆様はご存知かと思いますが、その中に少々問題のある記述がございました。数年前、世を賑わせました例のモノ。どうやらそれがこの家の何処かに眠っているのだとか。これは祖父が”私達”に残した財産です。しかしながら、こちらには歴史的な価値があるのも事実。そこで私は考えました。このワインをどうするべきなのか。そして結論に至りました。今回お集まりいただいたのは他でもありません。この場で私の考えに賛同していただきたいのでございます」

梢は数枚にまとめられた紙を場の全員にまわし、目を通すよう指示した。

「今回は、世界有数のワインコレクターであられます米割豊こめわりゆたか様にも駆けつけていただきました。ワインが見つかった折には、私は然るべき方にお譲りするのが常かと考えました。そこでどうでしょう。皆で力を合わせ、ワインを見つけ出し、然るべき場所にお譲りする。そのためにと、一流の探偵でもあられます近藤龍一こんどうりゅういち氏にもお越しいただいております。是非、皆で見つけだそうではありませんか!」

米割と近藤が立ち上がり会釈をした。見たところそれなりの身なりをしているが、聞いたこともない名前である。恐らく梢の手の回ったインチキ業者といったところか。こんな横暴を許すはずがないと私が横槍を入れようとするも、隣に座っていた兄の章人が先に口を挟んだ。

「随分と手前勝手な言い草だな。専門家を雇うなどと……。忘れていないか? ジジイの遺言には『見つけた人間に相続させる』と書いていた。なぜそれを全員で分ける必要がある。そもそもここに、あんたの意思を入れる余地はないんだよ。それに……、紙ペラを見る限り、取り分も随分と歪んだ計算になってるようだが。馬鹿らしくて目も当てられん。もう一つ付け加えれば、
そこの米泥棒とか言ったか。そんな胡散臭い男など聞いたこともない。即刻お帰り願おう。妙香家の空気が汚れる」

「私が胡散臭い!? それが権威ある国際ワインコンテスト審査員でもある、この米割に対する言葉か!」

初対面の相手にそこまで言うかという反面、確かに正論だと私が同調する。明らかに立腹する梢一行だが、このような横暴が許されるはずもない。

「梢や取り巻きの豚足共が作ったゴミ案に時間割いている暇はない。味噌にでも溶いて捨ててしまえ。……そもそも議論の必要などない。お前らは黙って俺が見つけるのを待っていればいい。おい、入ってくるといい!」

章人が声を掛けると、唐突に扉が開く。そこには一人の女が立っていた。

「物探しのプロである飯塚景子いいづかけいこさんだ。今回俺の手伝いをしてもらうことになった。お前らはなにもしなくていい。今日にでも俺が見つけて話は終いだ」

案の定怒りを露わにした梢が章人に迫った。見慣れた恥ずべき光景を、私は敢えて眺めていた。これだけ醜い隣人の姿を、目に焼き付けたかったからだ。

「やめないか、客人の前だ」

いよいよと見ていた玄晃が割って入った。それは私にとって妙香家の蔑むべきトップ三が揃ったことを意味していた。

「章人、お前はいつもそうだ。独善的に勝手に決めたがる。爺さんにそっくりだ。周りの意見を聞こうとは思わんのか」

「親父に言われたかないね。親父も同じじゃねぇか。今だって、あの部屋の鍵を独占していやがる。早い話、それは排除と言うんだぜ? 自分を棚に上げて周りの意見を聞けだ。あんたは会社の下っ端の意見を聞いたことがあるのかね」

「章人! あんた、お父さんに向かってなんてことを!」

「お袋は黙ってな。あんたもあんただ、どうせ裏で親父と口裏合わせてんだろ。いつもそうだ、悪巧みは寧ろあんたの方が好きだもんな。ええ?」

混沌とした空気の中、突然誰かが机を叩いた。黙った全員が音の方向へ振り返った。

「……恥ずかしくない? いつまでも言い争って。兄貴も姉貴も、父さんも母さんも、顔を合わせば金、金、金! そんなだから上手くいかないのよ、ここの人間は!」

今度は誰だよと呆れ顔の建都の正面、啖呵を切ったのは静留だった。

「喧嘩の種なら、私が売っぱらってあげる。そこそこ良い値段らしいじゃない。ちょうど留学費用が欲しいと思ってたところだし、もうあんた達と顔を合わせなくて済むし」

「口を慎め静留。お前の遊びなど続ける意味もない。茶番だ、現実を見ろ! 一欠片の才能でもあるのならば、大人しく投資でも願い出るがいい。その上ならば留学でもなんでも勝手にするがいい。見え透いた目的のために一族の宝をどうこうしようなどと考えんことだ。……例え金があろうと、お飯事レベルの茶番が通じるような世界ではないだろうがな。そこのゴミを見てみろ、金の鯱から羽根と脚が生えた化物が車に轢かれたような悍ましいフォルムを。見ているだけで悪寒がする。お前は大人しく香の手伝いでもしていろ。嫁の貰い手もないわ」

「んだとこの糞オヤジが!」

元より折り合いの悪い静留と玄晃が喧嘩を始める中、私は静留の隣に見覚えのない人物が座っているのに気付いた。先程から静留に話しかけているにも関わらず、永遠と無視されているところをみるに、大人しく消極的な人物なのだろうか。

「静留、そちらはどちら様かな」

仕方なく私が助け舟を出す。静留が呼んだ協力者だろうが、それでも客人であることに変わりはない。放置され続けるのはどうにも忍びなかった。

「んだゴラァ! ……そうだ、忘れてた。彼女は汐留四合しおどめしごう、友達よ。探すのを手伝ってもらうだけ。悪い?」

ここに章人の妻である花菜、梢の夫である秀綱が加わり、ようやく全員の素性が知れた。カオスと化した議場だが、顔合わせの場としての価値はあったと私は勝手に納得した。

「下らない議論はここまでにしようか。揃いも揃って持論を振りかざすしか脳がないらしい。しかし忘れてもらっては困るのだよ。ここは私の家であり、私の所有物。お前達の好きにさせる訳にはいかん。爺さんも、恐らく自室にでも隠したのだろう。私が責任をもって見つけておく。ところで……高之よ。ずっと聞きたかったのだが、お前の横にいる二人。昨日からずっといるようだが、ただの友人ではなさそうだな。どなたかな?」

私は玄晃の言葉を受け流し落ち着きのない場を見回した。紫都のマスクを意にも介さない住人を見ていると、改めてこの家の異常を思い知らされた。こんなふざけたマスク、一人二人は驚き慄く者がいてもよいはずだ。なにせ軍用ガスマスクを常備してシュコーシュコー言っているのだから……。

「友人の紫都さん、そっちは建都です。彼女は持病があり、紫外線を浴びることが出来ません。午前中の作業はそのためです」

しかしそんな説明で妙香家が納得するはずはない。寧ろ疑いの目は増々強まっていた。

「相変わらずユニークなお友達をお持ちですこと。非常識な者の周りには非常識な者が集まる、良い例です」

梢が余計なことを言う。紫都の顔色は分からないが、言わせておけとでも思っていることだろう。

「とにかく、全員揃ったんだろ。どうせ最初から議論する気もないんだ。あんたらの興味はワインの価値、金だけだ。親父は事業の補填、章人兄さんは散財、梢姉さんは新規店舗出店、静留は留学費用。全員ワインを売り払うことしか考えちゃいない。死んだ爺さんが浮かばれないよ。こんな馬鹿げた争いのために、爺さんはワインを残した訳じゃない」

「高之よ、ならばお前はワインを見つけてどうするつもりだ。お前だって金にするつもりだろうが」

章人が口汚く罵った。これが本当に兄妹の言う台詞だろうか。

「……ワインは爺さんに返す。あれは死んだ曾祖父さんと爺さんの物だ。あんたらの欲のためにあるんじゃない。一本は墓前に、……もう一本はまだ決めてない。だからと言って、売るなんて以ての外だ。婆ちゃんも、それで良いだろ?」

玄晃の少し奥、無言のまま黙っていた絹が口を開けた。

「ワシは文句なんてありゃせんよ。あの人がなにを考えとったか知らんけど、好きなようにしたらええ。ほりゃあワシだって、あの人がしたかったようにするのがけどな。ほだけど死んじまったもんは分かりゃせん。分かりゃせんのだから、見つけたもんが決めりゃあええ。飲みたけりゃあ、飲めばええ。売りたけりゃあ、売ればええ」

章人がフンと鼻息荒く息を吐いた。どうやら全員の総意としてまとまったようだ。『早い者勝ち文句なし』。愚かだが、こうなることは分かっていた。やっと正式に決まったと全員が同じ気持ちだったに違いない。

「話はここまでだ。各々が勝手にワインを探す、決まりだ。では失礼するよ」

章人は我先にリビングから出て行った。すぐにでも捜索を始めるつもりであろう。続くように両親、静留、梢夫婦とも部屋を出て行く。協力者の面々も列に続き姿を消す中、最後に私と絹が部屋に残った。

「婆ちゃん、悪かったね。こんな結果になって」

椅子の上で俯き動かない絹を見つめ、私は小さく呟いた。ショックを受けているのだろう。私はそう思い、そっと絹の肩に手を置いた。しかし絹は返事もせず、ずっと机の下を覗き込んでいた。

「俺が見つけるからさ。婆ちゃん元気出せって!」

再度絹の肩を叩くと同時、今度は凄い勢いで私の方を振り返った。その目は血走っており、どこか緊迫感を帯びていた。

「なにすんじゃボケェ! おかげで死んでまったやろうがァ!!」

響き渡る絹の怒声。

面食らった私は、祖母の手元に握られたナニカに目を奪われた。

……それは確かに、どこかで見覚えのあるモノだった。

 

『 ゲームボーイ(初代)!? 』

 

馬鹿らしくなった。少しでも心配したことが。そっと建都が私の肩を叩いていた。少し、救われた気がした。

 

-第十一話へ続く-

 

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